元浪人生の大学受験記

元浪人生の雑記。志望校は東京大学文科一類だった

読書をした~ジョン・ル・カレ『スパイたちの遺産』と『寒い国』『TTSS』

ジョン・ル・カレ最新作....とはもう言えなくなったが、『スパイたちの遺産』を読んだ。名作である『寒い国から帰ってきたスパイ』(以下寒い国)と『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』(以下TTSS)の半世紀ぶりの続編である。
年老いたピーター・ギラムを語り手として進むこの作品は、冷戦が終結し情報機関には清廉さが求められるようになった現代と、体制のために個人を切り捨てる―しかも自由や民主を掲げる西側国家ですら―過去の戦いだ。作中の人物(私は彼を筆頭とした現代の世代の人間に一切共感を覚えなかったが)の言葉を借りるならば、「清廉潔白な今日の世代対あなたがた罪深い世代」となる。
もっとも現代の情報部(もはやサーカスでなくエンバンクメントのグロテスクな現代建築に本部を置いている)からしても、過去の亡霊が現れ、牙を剥くなんていう今回のような事態はたまったものではないのだろうとは思うが。しかし、それはスマイリーでなくギラムを呼ぶ理由にはならない。
引退してブルターニュロリアン近郊で余生を過ごすおそらく70代後半、もしかしたら80代のピーター・ギラムのもとに、一通の、見る人が見れば情報部からのそれとわかる手紙が届く。それでロンドンへ呼び出されると、どうやら『寒い国』の一件で、アレックとリズの遺族が提訴したようだった。『寒い国』で確かアレックに子供が居ると言及があったように思えるが、リズは意外だと私は思ったが、ギラムも同様で、リズ、エリザベス・ゴールドに娘がいた事に驚いていた。
そこからは懐かしき『TTSS』のように資料を読み過去へ戻る事となる。所々差し込まれる真相を知らない現代人の無神経さに苛立ちながら(ギラムはもちろん、我々も真相を知っている。『寒い国』を読んでいればの話だが)ギラムが見た『寒い国』の裏側へと潜っていく。暗号名チューリップとギラムの関係はその最たるものだろう。
繋がりが薄かったように感じる『寒い国』と『TTSS』がつながっていくのがはっきりとわかった。ただ、アレックが"もぐら"として我らがコニー・サックスとジェリー・ウェスタビーを疑っていたというのは、おかしくてたまらなかったが。そして驚きなのは、ムントと接触していたのはあのジム・プリドーだったという事だ。スマイリーとともにリズの部屋に訪れたのも、おそらくプリドーであるという事にも驚いた。私はあれがギラムだとばかり思っていたが、考えを改めなければならない。そして、プリドーもスマイリーも、まだ生きていて、正直一体何歳なのかと思うが、健在だったのは喜ばしく思えた。プリドーはまだあの学校のあの窪地で暮らしている。スマイリーはドイツへと居を移し、そこの大学で本を読む日々だ。
さて、『寒い国』ではスパイの世界、あの冷戦の最前線の事を寒い国と読んでいた。ギラムもスマイリーもプリドーも、あの時代あの世界にいた人間は、まだあの寒い国から、我らが暖かい国へと帰れていないのではないだろうか。普通の戦争に行った人間が戦場から帰ってこれなくなる事は世間でも承知の事だが、彼ら冷戦の兵隊もまた、同じなのかもしれない。